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がんばれ!!新左翼第4部〜堕落編  鈴木邦男

 「がんばれ!!新左翼」は鈴木邦男さんのライフワークです。新右翼・民族派のリーダーと言われ30年以上活動を続けてきた氏にとって「新左翼」は学生時代からの「強力な敵」でしたが、その真剣な闘いからは「友情」も生まれました。全共闘は敗北し1970年代半ば以降、新左翼は急速に大衆の支持を失ってしまいました。ライバルの弱体化に鈴木さんたち新右翼側も方向性を模索する日々…。そして「戦後民主主義・日米安保体制」の成熟、支配構造の巧妙化にともない、左右両極とも大衆から白眼視されるようになり、両者は「反権力」の下に共闘するケースも出てきました。「がんばれ!!新左翼」は、そんな「我が敵・我が友」への愛憎を、あくまでコミカルに描いたゲキであり、日本を撃つ「憂国の書」です。シリーズ第4部〜堕落編の1回目は「内ケバ」の話。鈴木さんが造詣の深い格闘技界の内ケバ「前田日明VS安生洋二」の話をもとにストーリーは始まります。

◆鈴木 邦男(すずき・くにお) 1943年、福島県生まれ。
早稲田大学政治経済学部時代は民族派学生運動組織「全国学協」に入り、全盛期だった新左翼と殴り合いの日々を過ごす。同学部大学院中退後、サンケイ新聞社入社。防衛庁乱入事件で逮捕され退社後、民族派団体「一水会」をおこし代表に。機関紙「レコンキスタ」(失地回復の意味)は左翼陣営を執筆者に迎えるなど斬新な紙面を展開。現在、テレビ出演や雑誌連載(「SPA!」「創」等)など幅広く活躍している。99年12月、一水会代表を木村三浩氏に譲り「顧問」に。主な著作:「腹腹時計と〈狼〉」(三一書房)「がんばれ!!新左翼」「同Part2」(いずれもエスエル出版会=鹿砦社)、同Part3も同社より出版予定、「夕刻のコペルニクス」シリーズ(扶桑社)など多数。格闘技評論家としても有名。異なる考えの人と進んで話し合い、批判・罵倒されても笑っている「異種格討議」の達人。
連絡先:東京都中野区高田馬場1-1-38みやま荘 TEL03-3364-0109
“鈴木邦男自虐ホームページ”「鈴木邦男をぶっとばせ」のアドレスは
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/2207/
ヤフー等で「鈴木邦男」と検索してもOKです。

蔓延する全共闘の「悪しき遺伝子」〜前田襲撃事件と内ゲバの論理〜

日本の反動化、責任は新左翼にあり?

 これは堕落だ。かつての華々しい全共闘は、今はない。新左翼もない。いや、全国の数大学にほんの数人ずつは残っている。しかし自分たちの世界に閉じこもり、一般の人々との対話を拒否している。一般学生にとっては怪しげなカルト教団よりももっと危ない存在だ。では全共闘、新左翼のOB・OG達はどうか。膨大な数がいるはずだ。なんせ、60年代後半は「全共闘にあらずんば学生にあらず」と言われたくらいだ。ベトナム戦争に反対し、反動政府と対決し、産学協同路線に反対し、そして大学当局を糾弾し、デモをやり、機動隊に石を投げ、火炎瓶を投げていた。あの青年たちはどこへ行ったのか。あの情熱はどこへ行ったのか。大学を出たら社会(彼らが批判していた「体制」)に吸収され、溶解されてしまったのだ。嘆かわしい話だ。だらしのない連中だ。
 その全共闘世代も今や50代だ。企業社会の中で、肩たたき、リストラされている。この社会を打倒し、革命しようとした人々が、この社会から追放されつつあるのだ。病に倒れた人も多い。亡くなった人も多い。唐牛健太郎(全学連委員長)は「60年安保闘争は壮大なゼロだった」と言った。だったら、70年安保決戦を目指した全共闘、新左翼も壮大なゼロだったのか。「いや、そんなことはない」という声が聞こえてきそうだ。「ベトナム戦争に対し反対の意志表示をしたのだ」「日本の反動化を阻止したんだ」「大きな問題提起をしたのだ」…と言うだろう。
 確かにそれはあっただろう。いや、そう信じたい。そう思ってあげたい。しかし、違うようだ。それどころか、最近の日本全体の保守化、管理化、反動化の大半の責任は彼らにあるのではないか。これは酷な言い方かもしれないが、そんな気がする。責任の全てとは言わないが、責任の一端はあるだろう。だって「左翼の言ってきたことは全くの嘘だった」というショックが今の日本の反動化の契機になったのだから。
 60年代後半、彼らはこう言っていた。ソ連は素晴しい。中国文化大革命は素晴しい。我々も見習おう。続こう。北朝鮮、ベトナム、カンボジアは偉大だ。これらの国々を敵視する日本政府は間違っている。日米安保は日本を戦争に追いやるものだ。徴兵制も敷かれる。それに反対な者は我々と共に立ち上がれ。立ち上がらない者は反動政府に手を貸しているのだ……そう言ってきた。ところがソ連は崩壊し、東欧も自由化し、中国文化大革命、カンボジア革命も史上最悪の虐殺だったことが暴露された。「左翼の言ってきたことは皆、嘘だったじゃないか」と人々は思った。こんな奴らの言いなりになるな、自虐的な教科書も変えろ、日本人の誇りを取り戻せ、反日的な左翼は根絶やしにしろ!……となったのだ。左翼に責任があるという意味がこれで分かっただろう。
 全共闘、新左翼の信用が失墜し、誰にも相手にされない。それは彼らの自業自得だから仕方がない。それで皆の記憶から忘れられたらそれもいいだろう。ところが、そうはゆかない。かつての華々しい栄光が忘れられずに悪あがきをしている。そして後の世代に大きな影響を残している。それも「悪い影響」をだ。自由で明るく過激な「いい面」は伝わらずに「悪い面」だけが伝わっている。運動が落ち目になると、全てそうなるのかもしれない。
 大学にほんの数人ずつ残った新左翼は、もはや話し合いもできず「30年前の世界」に閉じこもり、革命の夢にひたっている。「バーチャアル・リアリティー(仮想現実)」の闘いをやっているのだ。運動をやめて政界、財界、マスコミ界に入った人も多い。転向し「思想」は変わっても「権力欲」は相変わらずで、昔の学生運動の技術を使い、対立する人間を糾弾し、査問し、追い落としている。極左から極右に転向した者さえいる。だが、自分のことは棚に上げて他人を批判する性格だけはそのままだ。根性の悪さは変わらずに思想だけが変わったのだ。かえって悪い。堕落の極みだ。『朝まで生テレビ』(テレビ朝日系)を見ていてもそれは分かる。他人を罵倒し、喧嘩ごしで喋る。人を指さして威圧して怒鳴る。逃げ道をふさいだ上で陰湿に攻める。相手に喋らせない。それで論争に勝ったと思っている。最低の連中だ。これも全共闘、新左翼の悪しき影響だ。全共闘世代だけでなく、その後の世代も、この悪しき影響だけを受けている。社会運動をしようという人間や世の中に対し発言しようという人間は、この「悪しき遺伝子」だけを引き継いでいるのだ。そんな気がしてならない。いや、社会運動だけでない。それらと一切かかわりのない世界でも、この「悪しき遺伝子」だけは綿々と伝えられ増殖している。そう、プロレスや格闘技の世界もだ。しかし、そうした暗い話からこの新シリーズを始めなくてはならないというのも悲しい。でも、ともかく「がんばれ!新左翼」第4部・堕落編を始めよう。堕落の現場の数々を訪ね歩きながら、その中から、もしや再起の希望が見つかるかもしれない、と信じて…。

99・11・14歴史的現場に遭遇

 99年11月14日(日)。まさに歴史的な現場に僕はいた。格闘王・前田日明(あきら)がテロルに倒れるという衝撃的な事件に出くわしたのだ。事件は僕の目の前で起こった。僕が前田を見かけ、声をかけようとした瞬間に、プロレス団体UWFでの「かつての仲間」安生洋二に襲われたのだ。広い意味では「内ゲバ」だ。そして、テロだ。かつて「UWFは新左翼だ」と言った人がいた。今までのプロレスとは違う。全く新しい、そして真剣勝負の格闘技だ、という意味らしい。それでも何故「新左翼」なのか、よく分からないが、UWF旗揚げ前後の昭和末期は学生運動用語でプロレスを語るのが流行っていたのだ。長州力は「維新軍団」だったし、天龍源一郎は「リボリューション(革命)」だったし、その他「血の海で悶絶」「血の粛清」「処刑」…といった、おどろおどろしい言葉がプロレス週刊誌、新聞に踊っていた。まるで新左翼の中核派や革マル派の新聞のようだと思った。彼らも「内ゲバ」戦争の時は、よくこういう言葉を使っていた。「闘争」となると新左翼もプロレスも同じような気分になり、同じような言葉を使いたがるのかもしれない。
 内ゲバ、テロ…と書いてきて、ちょっと待てよと思った。若い人は知らないかなと思ったのだ。50代の全共闘世代のオジさん達には常識だろうが、10代、20代の人たちは全く分からないかもしれない。72年の連合赤軍事件をモデルにして映画「鬼畜大宴会」の熊切和嘉監督は、映画を撮った3年前は23歳だ。「どうしてこの映画を作ったの」と聞いたら、「時代劇を撮ってみたかった」と言っていた。連赤事件は時代劇なのかと驚いた。僕にとっては、ついこの間のことなのに。でも熊切監督にとっては生まれる前の昔のことだ。生まれる前ならば連赤事件も明治維新も忠臣蔵も関ヶ原も皆、同じことなのだろう。同じ、時代劇なのだ。俺たちのやってきたことは時代劇だったのかと愕然としたが、嘆いてばかりもいられない。それで「時代劇」の用語解説も必要最小限に入れてゆこう。そう思ったわけですよ。 内ゲバとは、内部ゲバルトのことだ。ゲバルトとは「暴力」のことだ。新左翼は元々、暴力を否定していない。敵権力(体制側、ブルジョワ階級)は絶対的に自分たちの権力を手放さない。だから人民は武装して決起し、ゲバルトで敵権力を打倒しなくてはならない。そう思っているわけだ。「暴力革命論」なんだ。暴力とはそれ自体が悪いのではなく、使う人間によって善くも悪くもなる。ブルジョワ権力側が人民を弾圧する為に使う暴力は悪いが、人民が使う暴力は正しいのだ。それでも暴力というと、いいイメージがないし、手垢のついた言葉なので、ゲバルトと言う。又は「実力行使」と言い換えたりもする。こう言うと何か、透明な感じがして、いい。「ゲバをかける」とか「実力行使で揆ね返した」なんて言うと「暴力を振るった」という罪悪感がなくなるから不思議だ。本当は同じことなのに。

邦男先生の「運動用語講座」

 「内ゲバ」とは、その暴力が内部に向くことだ。仲間うちの喧嘩のことだ。例えば同じ新左翼でも中核派と革マル派は仲が悪い。元々は同じ団体から分かれたのだが、今は一番仲が悪い。「こいつらがいるから革命が出来ないのだ」「こいつらは敵権力と一緒になって俺たちをつぶそうとしている」と、お互いに思い込んでいる。そしてゲバルトする。殺し合いをする。彼らはマジで革命を考えているし、命をかけている。だから「妥協」もしない。「まあまあ」と仲裁に入る人もいない。自民党や社民党などとは違う。真面目だからこそ内ゲバは止めどなく続く。前田VS安生の内ゲバも似ている。プロレスなら「じゃー遺恨試合だ」といってお客を呼べる。テロも内ゲバも客を呼ぶ「商売」になる。又、客寄せのためにテロや内ケバをわざと「演出」する。ところがUWF以来の「脱プロレス」の格闘技はシュート(真剣勝負)だという。真剣に試合するし、それゆえ批判合戦もシュートになる。そしてテロもシュートになる。「妥協」の余地はないし、それを「商売」にする余裕もない。こうなると、やっぱりUWFは新左翼だ。
 内ケバについて触れたついでに「内々ゲバ」についても説明しよう。敵権力と闘っているはずの新左翼の中でも中核派と革マル派が闘っているのが内ケバだ。次に中核派の中で内部争いがあると、それを内々ゲバと呼ぶ。中核派でも何度か内々ゲバの噂はあった。しかし詳しいことは分からない。やはり新左翼のセクト(党派)の解放派は、よく内々ゲバをやっている。時々新聞にも出ているから知っている人もいるだろう。解放派は昔は社青同解放派とか反帝学評とも呼ばれた。革労協と言われることもある。正確に言ったら少しずつ違うのだろうが、ともかく昔は社青同解放派だ。社青同は社会主義青年同盟といい、社会党の青年部だった。あくまでも「だった」であり、今は全く関係ない。今はたとえお互いに悪口を言っても、もはや「内ケバ」とも呼ばれない。
 ついでに「テロ」についても説明しよう。正しくはテロルという。主に殺す目的で人を襲うことを言う。これも「いいテロ」と「悪いテロ」がある。権力側が人民や左翼に向けてやるのは「白色テロ」と言って、悪いものとされる。人民の側が敵権力の人間を殺すのは「赤色テロ」といって支持される。多分、ロシア革命の頃から使われた言葉だろう。ただ、最近は「赤色テロ」という言葉も余り使われない。右翼が人を襲う事件が60年代、70年代に続出し、それが「テロ」と呼ばれ批判された。それと混同されたくないという気持ちもあるのだろう。それで、テロという言葉の代わりに「ゲリラ闘争」と呼ぶことも多い。これも言い換えだが、何かいいことのように思えちゃうから不思議だ。
 どっちも人を殺しちゃおうとすることだから同じはずだが、新左翼の人々は違うという。「テロとゲリラの違いを述べよ」という試験問題があったという。何も新左翼の入党試験ではない。高校の社会科(「政治・経済」というのかな?)の試験だ。ある大学生から聞いた。ともかく、そんな試験があったという。「じゃーどう違うんだ」と聞いたら、テロは一人一殺でやるもので、人民の支持のない暴力だが、ゲリラは大衆の支持のもとに行われる暴力だという。先生の言った「解答」がそうだったという。そうかな。その先生も昔、全共闘だったんじゃないか。新左翼に甘い解答だよ。

思想家・愛国者・そして「在日」前田日明

 と、「用語解説」が終わったところで本題に戻る。前田襲撃事件だ。しかし、こんな「歴史的現場」には立ち合いたくなかったな。二人とも知り合いだからだ。前田日明は知る人ぞ知る、熱烈な愛国者だ。現役レスラーの頃から「三島由紀夫、太宰治、シュタイナーが好きだ」と発言していたし、なかなかインテリだと思っていた。ちょうど膝を手術して入院した時に初めて会った。病室の枕元には所狭しと本が積み上げられていた。二・二六事件の本、北一輝の本、三島由紀夫の本などだった。格闘技の本やプロレス週刊誌などは一冊もなかった。僕の読んでいない三島の本もあった。逆に教えられた。暇があると神田の古本屋めぐりをして本を買い込んでくるという。日本経済新聞に「読書日記」を連載していたこともある。もの凄い読書家だ。「ゴング格闘技」という雑誌で「思想家・前田日明」と対談したことがある。プロレスや格闘技の話は一切しない。太宰治や三島由紀夫の話ばかりした。楽しかった。
 なぜそんなに本を読み、考えるようになったかを聞いてみた。高校の時に「人間は何のために生きてるのか」「日本人とは何か」を考え、悩み、それで太宰、三島を読むようになったという。前田は在日二世だ。そのこともあり〈日本〉にこだわり、考え続けたのだろう。2年前に自民党の新井将敬さんが自殺した。彼も在日で、前田と同じく日本に帰化していた。三島由紀夫や「葉隠」が好きだった。僕にとって民族派運動の先輩であり朝日新聞社で壮絶な自殺をした野村秋介さんとは親友だった。在日で帰化したからこそ「日本人とは何か」「日本人になるとはどういうことか」と考え続けた。「鈴木さん達は生まれた時から日本人だったから、考えなくてすんだんですよ」と新井さんは言っていた。そうなのか。だったら僕らの方がずっと不勉強だし、自覚が足りない。僕より前田や新井さんの方がずっと日本人だし愛国者だ。
 二人とも、まず「日本人とは死生観だ」と思った。そして三島を読んだ。あるいは武士道こそ日本人の真髄だと思い勉強した。「剣」にも異常にこだわっている。前田は特に〈日本人〉にこだわった。彼に、「鈴木さんはそれでも右翼なんですか。一体、愛国心があるんですか」と叱られたことが何度かある。たとえば高田延彦と400戦無敗のヒクソン・グレイシーが闘った時だ。「高田に全く勝ち目はない」と僕は格闘技雑誌に書いたら(実際にヒクソンが圧勝)、そう言って怒鳴られたんだ。「日本人なら日本人を応援するのが当然じゃないですか。それなのに皆、寄ってたかって悪口を言うなんて。大東亜戦争で死んだ兵隊さんたちも、そう言って批判されたんですよ」と言う。えっ、そこまで話が行くのかよと思った。やはり僕よりずっと右翼だ。
 その前田もロシアのアレクサンダー・カレリン戦を最後にレスラーを引退し、今は格闘技団体「リングス」の社長だ。かたわら「武道通信」という超硬派な雑誌の編集長をやっている。小林よしのり、西尾幹二、坂井三郎、呉智英…らの論客と毎号対談し、日本を憂えている。「新しい歴史教科書をつくる会」のシンポジウムにも出た。しかし、アジア(特に中国や韓国・朝鮮)の取り扱いをめぐって今は対立している。最新号(八ノ巻=99年12月刊)では、西尾幹二の『国民の歴史』(扶桑社)に対し「襟を正して読むべき本」と一応は評価しながらも、「しかしアジアを切り捨て、欧米を断罪する先には孤立した日本がある」と批判している。これは僕も『国民の歴史』を読んで感じた危惧だった。これは前田の方が正しいと思った。彼はこうも言っている。
 「西尾さんの中国観はいまの共産党支配下の中国への反感を古代・中世の中国に投影しているだけだと思う。韓国・朝鮮への態度も同じ。かつての渡来人であり、多くの文化を共感してきた一番親しい隣人を愚かな民族という扱いをしている。自分が在日であることから、特にそう思うと云われそうだが」
 いや「在日だから」じゃない。客観的に見ても前田の方が正しいし、彼の方が大局的な見方をしている。彼は思想家だ。驚いた。11月14日に会場のNKホールで前田を見かけた時は、「良かったですね。感動しました。僕も大賛成です」と言おうと思った。ところが、前田を見かけて声をかけようとした時に、安生のテロに遭い、前田は倒れてしまった。
 一方の安生洋二だ。彼はUWFの時は前田と一緒にいた。しかし絶頂期に突如UWFは内輪もめで解散した。何があったのか今もよくわからない。「フロントに経理不明朗なところがある」と前田が火をつけ、会社から処分され、そのあと全員がやめる。さらに選手間でもモメて高田、安生らはUWFインターをつくり、船木誠勝、鈴木みのるは藤原喜明についていき、前田だけが一人のこった。まさに新左翼の内ケバと同じだった。一人ぼっちの前田は、だがWOWOWを味方につけ、リングスをつくり再起する。しかし、かつてのUWFの仲間たちへの批判を繰り返す。Uインターに喧嘩を売ったが、逆に安生に「前田と試合をしたら200%勝つ自信がある」と豪語される。前田はこれにキレた。又、船木、鈴木らは藤原と別れて「パンクラス」をつくったが、彼らがリングスの悪口を言っていると聞いて、前田は「パンクラスは目ざわりだ。つぶす」と発言、パンクラスの高橋義生はこれに対し、「前田を殺す」と反撃した。
 ともかく前田はリングの内でも外でも暴れまくり、吠えまくった。又、他のレスラーと違い、前田はインテリだ。本もよく読んでいるし、理論家だ。さらに歯に衣きせず、ズバズバとものを言う。だから大学祭などでもよく呼ばれるし、格闘技雑誌にもよくインタビューが載る。それが他の団体の恨みを買う。
 それに、この喧嘩は全て「内ケバ」なのだ。つまり、かつてのUWFの仲間たちで行われている。新日本や全日本やFMWなどには全く関係がない。それらは従来からのプロレスをやっているので、「別の世界」の人間だと思っている。しかし、UWFは脱プロレスのシュート(真剣勝負)だ。そう思い、信じているから、前田もUWFから別れた仲間のことが気になって仕方がないのだ。UWF系の中でも前田は一番の先輩だ。後輩たちがうまくいってほしいと思う。協力を申し出たこともある。一緒に試合をやろうと言ったこともある。それを蹴られて激怒し、「許せない」「つぶしてやる」という発言になる。又、あそこには「やらせ」がある、「プロレス的演出がある」という噂が出ると、カッとなる。許せない。さらに批判合戦が始まる。

安生洋二、3年越しリベンジ

 これがUWF系3団体、前田のリングス、高田・安生のUインター、船木・鈴木のパンクラスの「内ケバ」の実情だ。ただし、Uインターは崩壊し、高田は最近メキメキ強くなった桜庭和志たちを連れて高田道場をつくり、「何でもあり(反則なし)」のPRIDEというイベントに出てヒクソンと闘った。安生は他の「何でもあり」に出たり、K―1に出たりしていた。3年前、「サムライ・チャンネル」の開局パーティーの時、前田と安生はバッタリと顔を合わせた。前田はいきなり平手でバチンと安生の顔を殴った。安生は殴り返そうとしたが、周りの人達に止められた。又、「せっかくのパーティーをぶち壊しては申し訳ないと思い、こらえた」と言う。でも、いつかこのお返しをしてやろうと思っていた。それが今回のテロだという。3年も狙い続けたとは何とも執念深い男だ。
 安生とは(前田と違い)思想的な話をしたことはない。格闘技論を闘わせたこともない。ただ、昔から注目はしていた。藤原喜明の忠実な弟子だと思っていた。藤原が『関節技バイブル』という(題名だったと思ったが)本を出した時、技をかける相手が安生だった。藤原に技をかけられ、ヒイヒイ言って、「助けてくれ、殺される!」という安生の悲鳴が聞こえてきそうな本だった。こいつは、いい奴なんだと思った。又、グレイシー旋風が吹き荒れ、「グレイシー柔術こそ最強。プロレスラーは弱い」と思われていた時、単身アメリカに行ってヒクソン・グレイシーの道場破りを敢行した。しかし逆にヒクソンにぼこぼこにやられてしまったが、勇気のある男だと思った。
 個人的なかかわりとしては2年前に、「電撃ネットワーク」のライブで「共演」したのだ。招待されたので見に行ったら、安生と僕が突然壇上にあげられた。そしてビニールの袋に入れられて、空気を抜かれていく。ウッ、苦しい。死ぬ! というところで助け出されたが、さんざんな体験をした。その時以来、安生とは仲よくなった。面白い男だと思った。Uインター崩壊後は「何でもあり」の試合に出たり、K―1に出たりしたが、K―1はかわいそうで見てられなかった。だって、彼は元々プロレスラーだ。自分の得意技は何一つ出せない。いつも、ぼこぼこにやられていた。でもその時学んだパンチで前田を襲撃したのだ。とすると、K―1の痛い体験も大いに役立ったわけだ。もっと、うがった見方をすれば安生は「前田襲撃」という一点に狙いを定めて、K―1で復讐のトレーニングを積んでいたのかもしれない。

前田が倒れた…何が起こったんだ

 ここで話を再び11月14日に戻す。NKホールで「アルティメット大会」が開かれた。金網に囲まれた試合会場で闘う。「何でもあり」の闘いだ。外国人勢が多かったが、日本勢は期せずしてUWFの3派がそろった。パンクラスの選手が出るので、高橋義生や船木、山田学たちもいた。高橋はかつて「前田を殺す」と発言した男だ。安生は選手として出る予定だったが、怪我で欠場。山本喧一(彼はついこの前までリングスにいたが、ケンカ別れした)のセコンドとして来ていた。さらに、リングスの高坂剛が出場していたので前田も来ていた。前田、安生、高橋という一触即発の火薬庫のような男3人が同じ会場にいたのだ。「だから何か起こると思ってたんですよ」と記者たちは言う。でも僕は鈍感だからそんなピリピリした雰囲気は感じなかった。プロレス雑誌や格闘技雑誌のカメラマンたちはこの3人を徹底マークして近くから、又、望遠レンズでずっと追っていた。もしかしたら何か起こるかもしれないと思った。いや、何か起こってくれと期待して集まっていたのだ(だから、殴る瞬間を見事に写真に撮っていた)。
 安生も高橋もチャンスがあったら前田を殴りつけてやると思ったのだろう。ただ前田だけは無防備だった。ガードする人間が一人もいなかった。「まさか会場で襲う奴もいないだろう。それに俺は引退したのだし」という気の緩みがあったのだろう。全試合が終わって客が帰り始めた時、前田は記者たちに取り囲まれていた。リングスをやめた山本喧一が試合後にマイクを握り、リングス批判をしたのだ。試合だけじゃなく、批判合戦や内ケバも「何でもあり」になってしまった。そのことについて記者たちは前田に聞いていたのだ。それが終わり、一人で前田は歩いていた。挨拶しなくっちゃと僕は近づいた。その途端に前田はバッタリと前のめりに倒れた。何が起こったかわからなかった。気分が悪くなったのか、それとも貧血か。あるいは何かにつまずいたのか、と思った。それにしても受け身もとってないし、ドタンと大きな音がして長々と伸びている。2メートルの大男がぶっ倒れているのだ。周りの人達が寄ってきて囲む。前田はピクリとも動かない。「前田さん!」と声をかけるが、誰も体に触れようとしない。何が起こったか分からないし、下手に手を出したらまずいと思っているのだ。「医者だ!」「医者を呼べ」という声ばかりが聞こえる。その後、隣にいた記者が「安生だ!」と言った。「エッ、安生がどうしたの?」と僕は聞いた。全く間抜けた話だ。「安生が襲ったんですよ」と彼は言う。エッと思った。全く見えなかった。この現場にいて、前田が倒れるのを見ながら、でも殴られたのは分からなかった。それだけ素早かったし、一瞬の出来事だった。そういえば、前田が倒れる瞬間にスーッと誰かが傍を通りすぎたような気がした。それも後になって思ったことだが。
 倒れた前田を囲んだ皆がガヤガヤと言ってる時に当の安生が戻ってきた。心配して戻ってきたんだと思った。一発で倒れるとは思ってなかったのに、昏倒してピクリともしない。しまったと思ったのだろう。ところが前田の前にきて、親指を立ててガッツポーズをして又、帰っていった。何だこの野郎はと思った。でも虚勢を張っているんだと思った。大変なことをやっちゃったと心の中はブルブル震えているんだろう。彼は「サムライ・チャン ネル」のパーティーの時のお返しをしようと殴りつけただけだ。当然、前田は向かってくる。乱闘になる。皆がとめる。それだけでいいと思った。ところが思惑は外れた。前田はぶっ倒れた。額から血を流している。打ち所が悪ければ最悪の事態も考えられる。又、治ったら前田のことだ。何をするか分からない。殺される。リングスの連中だって「前田の仇!」と襲ってくるだろう。それで風をくらって逃げ出したんだろうと思っていた。

テロじゃない。支持を得たゲリラだ

 ところが、打ち上げパーティーに行ったら安生はいた。前田は車で病院へ運ばれ騒ぎも一応収まった後だった。僕はビールの一杯も飲んで帰ろうかと寄ったのだ。まさか安生がいるとは夢にも思わなかった。悠然とビールを飲んでいる。何事もなかったような顔をしている。僕は前田の友人だから抗議した。「ひどいじゃないか。不意打ちをするなんて。卑怯だ。これじゃテロじゃないか」と言った。ところが安生は「テロか、鈴木さんにそんなことを言われるなんて光栄ですね。そうですよ、俺はテロリストなんですよ」と居直っている。ゲッと思った。「前田は病院へ行きましたよ。もし打ち所が悪くて死んだらどうするんですか」と言ったら、「その時は刑務所に行きますよ。その位の覚悟がなくてやれませんよ」と言う。こいつは確信犯だと思った。
 ただ本人としては一発できまるとは思ってなかったという。これは僕が考えたのと同じだった。乱闘になって「じゃリングの上で決着をつけよう」と言おうと思った。ところが一発で昏倒したので、その後の展開がなくなった。でも「試合」をやる前に前田やリングスの選手が襲ってくるだろう。それが怖くないのかと安生に聞いたら、「来やしませんよ。試合だって応じないでしょう。それより警察に訴える確率の方高いですよ」と言う。そんな馬鹿なと思った。ところが、リングスはこの直後、浦安署に被害届けを出し、安生は警察に出頭した(その後、略式起訴され1月に罰金20万円の有罪が確定)。「格闘家の喧嘩に国家権力が介入するなんておかしい」と記者会見していた。反体制のテロリストの気分なんだろう。
 そうだ。安生に会った時に、血盟団の「一人一殺」のテロのようだと思って、そう言った。血盟団は戦前の右翼テロの団体で、政財界のトップを一人で一人ずつ殺す。そのことによって国内を混乱させ国家革新を図るというものだった。しかし安生は、そんな孤立したテロではない。「抑圧されている人々の為にやったのだ」と言う。「リングスの人間たちだって内心はよくやってくれたと思ってるんですよ」と驚くべきことを言う。そんなことは信じられない。「だって、前田に暴力をふるわれた人間はどれだけいるか分からない。それが嫌で皆、会社をやめてるじゃないですか」と言う。うーん。たしかに「噂の真相」では、そんな内部暴露の記事が載っていたが、あれは本当だったのか。
 安生の言い分によれば、これはテロというよりも、「人民の支持がある」から「ゲリラになるのだろう。あるいは他にも共謀したり、見て見ぬふりをした人間もいたようだ。そうなると個人の決起というよりも、クーデターに近いのかもしれない。どっちにしろ最悪のケースになった。さらに泥試合になるだろう。これが引き金になってリングス内部で「内々ゲバ」が起こるかもしれない。あるいは安生は、それを狙っているのかもしれない。だったら、パンクラスが黒幕にいて、リングスつぶしの為に安生を刺客として使ったのかもしれない。僕はこの説には反対だが、そう主張していた格闘技雑誌もあった。
 こうなったら、警察に届けてそれで済む問題ではないだろう。又、血で血を洗う内ケバの繰り返しになっても困る。引退した前田が、ここは1試合だけ特別にやったらいい。リングス・ルールか、旧UWFルールか、あるいは「何でもあり」か、どれでもいいが、やはり試合をやるしかないだろう。それにしてもプロレスだったら願ってもないチャンスだと飛びついて、「遺恨マッチ」と大々的に銘打ってやるだろう。一日だけではもったいないので、勝ったり負けたりを繰り返して1年か2年もたせる。ファンも大喜びする。「遺恨」のある二人も儲かる。会社も得する。皆、万々歳だ。

まるっきり新左翼と同じ…

 でも、前田たちはUWFを作った時に、そんな旧プロレスとは訣別した。俺たちはショーではない。本物の真剣勝負だと言った。そして、より本物の闘いが出来るように制約を少なくし、「何でもあり」に近づけようとした。それを称して「進化」といった。どんどん進化し、過激になり、殺伐としたものになった。僕はこれは評価する。だが、同時に人間の感情や発言も「何でもあり」になり、余裕がなく、冗談の言えないような雰囲気になった。そしていったん、問題が起こると、仲裁に入る人は誰もいないし、「話し合い」も出来ない。真面目で真剣であるが為の悲劇だといっていい。まるっきり新左翼の悲劇と同じだ。さて、これからどうなるのか。前田vs安生の内ケバも心配だが、新左翼の方も心配だ。堕落論は、どこまで続くのか。再生の契機はあるのか。希望はあるのか。それを探しながら次回に続く。


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