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ご購読御礼と長〜い編集後記
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。ひとつひとつの作品が長いものが多く、また字が詰まっていて読みにくいという感想をもたれた方も多いかもしれません。今後、少しでも読みやすい形を模索します。ただ、短く書けたものをムリに引っ張った記事はなく、「伝えたい」ことを記した結果、長くなったものばかりで、私は記事を切る気は毛頭ありませんでした。その結果、創刊号から140ページを超えてしまい、作業的にも金銭的にもアセリました。金銭的アセリは未だ解消されてません…。
そんな事情もあり、発行が予定より大幅に遅れましたことを深くお詫びいたします。最初は10月を目標に…、次は年内には…、そして1月中にはなんとか…。それさえ守れず、2000年2月半ばの発行となってしまいました。待っていただいた方、申し訳ありませんでした。
ただ開き直りも正直言ってあります。期日通りにきっちり発行すること、またしなければならないということには、さほど意味があるとは考えていません。無理に出して自分でも「つまらない」と思うようなものになるより、少しでも自分なりに満足な形に近づけようとした方が読者本位ではないかという思いからです。もちろん早くに原稿を送ってきて下さった方の記述が、日に日に古いものとなっていくことには最大限考慮して、死守すべきラインは死守していきます。また年4回発行も守ります!! 気長におつきあいをよろしく願います。
『アジャパーWEST』発行までのいきさつに触れておきましょう。
私は、大阪日刊スポーツ新聞社で働くかたわら、「お好み書き」という名の月刊の小さな新聞の編集スタッフを10年間やってきました。そして、昨年夏「お好み書き」から離れ、新しい雑誌をつくことにしました。それが『アジャパーWEST』で、今回も仕事とは離れた全くの個人発行です。
この本の冒頭に記した通り「アジャパー」とは「アミューズメント・ジャーナリスチック・パーク」の略です。実は名前を決めるのにも紆余曲折がありました。「アジャパー」のギャグの生みの親・伴淳三郎さんのことを深く知ろうと、もっと言えば遺族の方に名前だけでも「顧問」にでもなっていただけないかと、とりあえず情報を得るためにインターネットで検索したところ自称「日本一のお笑いマニア」という方が、お笑い専門雑誌『AJAPA』を97年に出していました。まさに「アジャパー」です。で本人に了解をとり『AJAPA』は現在休刊しているということなので、また関西発行なので『アジャパーWEST』の名で発刊することにしました。「〜WEST」の響きは自分なりに気に入ってます。
「アジャパー」と決めるまで
なぜ、アジャパーにこだわったのかですが、もうこれ以上浮かばないということもありましたが、「アミューズメント・ジャーナリスチック・パーク」、言うなれば「公園」へのこだわりです。相手の立場を認めない・考えない「便所の落書き」的なものとは一線を画したい、読者が読んでもワケがわからない「単なる情報の発信」的なものとも一線を画したい。何でもアリの場であるけど「本誌なりの掟」がある「紙の公園」をつくりたいという、こだわりでした。当初、ストレートに『場』という名前や『ジャーナリズム・パーク』という案も考えましたが、四方八方から「カタい、馴染めない」と言われました。
ある人物は『ジャーナリズム・パーク』なら略して『ジャーパー』ですか?と言いました。「それやったら『アジャパー』の方がオモロイやん」となったのです。「アミューズメント」というのは、イラストや画像処理を担当した鷲尾悠持郎が、後からつけた言葉ですが、「おさしさ、笑い、なぐさみ、楽しみ、娯楽」という意味は、まさにコンセプトにピッタリだと即、決めました。思えば、この名前を決めるのが一番の難作業だったような気がします。
「お好み書き」での10年間のおかげで執筆者は、わりと簡単にそろいました。編集といっても本職の仕事でやっていることや「お好み書き」でやってきたことと、そう変わるものではありません。正直言って、本って、わりと簡単にできるもんやなあ、というのが感想です。
ところが、読んでいただく、すなわち流通させるということが大変なんです。
「お好み書き」での活動を通して、フリーライターという職業の人ともずいぶん知り合いになりました。『アジャパーWEST』にはフリーライターの方々にも書いてほしいと思いました。ライターを職業としている人には、やはり「タダで書いてくれ」とは言えません(オモロナイ原稿に「オモロナイ」と言えるためにも)。そのためには少しは広告も取り、書店でも売って、執筆者の原稿料を出さなければならない…と構想がふくらんでいったのでした。
地方・小出版流通センターと出会う
言うまでもありませんが、自費出版で本を作り、近くの書店に持って行って「置いて下さい」と直談判しても、まず置いてくれるものではありません。そういうシステムが出来上がっているのです。
《書店ではトーハン、日販を中心とした取次店とのシステムが既に構築されている。そこに個人が割り込もうとしても、なかなかうまくいかないのが現状だ。第一、取次経由で入った本でさえ梱包も解かれずに返品される現状がある》(『ミニコミ魂』=串間努編、晶文社=の中の「ミニコミを書店で売りたい!」=串間努=より引用)
そんな時「地方・小出版流通センター」(以下、「センター」)の存在を知りました。「センター」の説明書には次のようなことが書いてありました。
《出版物は出版社(者)が編集し印刷、製本されただけでは意味を持ちません。本の問屋である取次店や小売りである書店を通じ読者、図書館に渡って読まれてこそ意味を持つものです。そのような状況から言えば、日本国憲法で保障されている「出版表現の自由」は「出版表現(=出版物)の流通の自由」であると言えます。…中略…センターは「本が流通しないから、その最低の流通のパイプを保障する」ことが主体的機能です》
初めて電話をかけた時、代表の川上賢一さんは「個人とは原則的に取引しないよ。雑誌? 雑誌は売れないよ」と一蹴されました。気を取り直して過去の「お好み書き」と企画書を送り、再び電話したところ意外とあっさり取引OKと言ってくれました。ものすごいアバウトな段階の企画書だったのに…。これで『アジャパーWEST』は全国の書店の店頭に並ぶ「権利」を得ました。
ともかく、私は「出版表現の流通の自由」という言葉に感銘を受け、『アジャパーWEST』では「表現の流通の自由」(出版だけにとらわれず)をひとつのテーマとして考えていこうと決めました。思えば「表現の流通の自由」が保障されているのは、ごく一部の人です。インターネットの普及が、その構図を変えようとしていますが、従来型の「表現の流通の自由」をもっているのは、マスコミ関係者、政治家、作家、有名文化人、特定のタレントといった人たちくらいでしょうか。マスコミ関係者といっても個々の社員レベルの「自由度」は著しく制限されているのが現状ですが。
「出版者」宣言!
今まで基本的に「流通の自由」をもっている人が「媒体」をつくってきましたから、「流通の不自由」については議論されてこなかったのでしょう。大きなことを言えば、私は「出版社」ではなく「出版者」として『アジャパーWEST』を継続して出していくことによって、「表現の流通の自由」問題に小さな風穴を開けることができれば…と思っています。
本誌執筆者で言えば、一定のファンをもつ鈴木邦男さんあたりが、自分で「地方・小出版流通センター」と契約して、自分の本を個人出版として出し、マスコミ媒体で「流通の自由」について語る…。それだけで、かなり大きな風穴が開くと思うのです。出資金として6万円が必要ですが、脱会する時に返してくれるので負担はほとんどありません。面倒だったら、すでに「センター」と契約している私を通して出せばいい。私は必要経費と、利益が出たあかつきには少しばかりの手間賃をいただければいいのですから、出版社を通さない分、もうかりますよ!!(大損するリスクもありますが)どうですか、鈴木さん。
インターネットといえば『アジャパーWEST』も、確約はできませんが、3月中あたりにはホームページを開設しようと思っています。本誌を読んだ方がアクセスし、アクセスしたからには本誌が読みたくなるというような相互リンクさせたものをつくりたいと思います。掲示板を設け、そこで自由に議論、世間話等をしていただき、それを誌面に反映させていきたいと考えています。まだアドレスも何もない状態ですが、開設の際には『アジャパーWEST』で検索できるようにしておきます。
ともかく、おおきにです
印刷・製本は「関西文学会」編集委員の東野岬さんのご紹介で、大阪の天満橋にある「日本データネット株式会社」で、計1200部していただきました。副社長の松村信人さんには、趣旨や「経営状況」などを理解していただき格安請け負っていただきました。ありがとうございます。2000年1月末現在で、年間定期購読者が約200人、広告を出していただいたのが5件。著者の山本醸自さんが個人で100冊。「センター」の取扱が500冊(売れたわけでない、返品の可能性もある)。すでに名古屋の「ヴィレッジヴァンガード」という本屋さんから6冊、池袋にある「芳林堂」という大きな本屋さんから20冊の注文が届きました。ありがたい限りです。それと独立系の書店では、新宿2丁目にあるミニコミ書店の老舗「模索舎」には50、サブカルチャー発信基地の中野ブロードウエー(中野サンプラザ隣)にある「タコシェ」に10、下北沢の「フィクショネス」という変わった本屋さんに、とりあえず5送ります。年間購読のみなさん、書店関係のみなさんとも、完成品がない実体がないものに、こんなに注文して下さり本当にありがたいです。
個人として、「世間に伝える」「表現を流通させる」―すなわち広く読んでいただけるよう、あらゆる努力をしていきます。3カ月後?再び「公園で遊んでいただける」ことを願って、ひとまずお別れといたします。『アジャパーWEST』発行人・大西 純(まこと)
◆大西 純(おおにし・まこと) 1965年8月14日、兵庫県西宮市、甲子園の隣町・鳴尾に生まれる。よって超トラキチ。バース、掛布、岡田の3連発も、神宮球場での優勝も、西武での日本一も、すべて現場で見た(昔話ですな〜)。宝塚東高校を経て同志社大学、卒業後、大阪日刊スポーツ新聞社で働き11年。3歳くらいからプロレスを見ていて、プロレスを通して物事を考えることが多い。昨年夏まで約10年間『月刊お好み書き』という小さな新聞の編集スタッフ。共著:『脱常識の部落問題』=かもがわ出版「動物愛護という“ケガレ”なき差別意識」『私たちにとっての阪神大震災』=エスエル出版会=鹿砦社「僕たちは何を伝えればよいのか」。現在34歳、家族は妻と3歳の息子とメス犬「桜」(雑種)。兵庫県川西市在住。 |
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